2020年8月、わたしは品川ステラボールの客席にいた。一階後方列、席番は4番でかなり端のほうだ。ヒプノシスマイクルールザステージ、track2。5月に中止になった公演が延期開催されたもので、座席は前後左右一席空けが徹底されており、つまり客席には通常時の半分の人数しか入らない。チケットが当たらなかったという声を多々聞く中、手にできた貴重な一枚だった。
高揚感とともに着いたステラボールの客席では、入場特典と同時に透明なフェイスシールドが配られた。役者さんもマウスシールドをつけていたなとか、舞台がよく見える透明度の高いフェイスシールド情報が出回ってたなとか、思い出すことはいろいろある。会場でフォロワーに挨拶するのすら緊張感があったとか、公演中役者さんどうしのオフショットなんてほとんど上がらなかったとかも。
その日は、長年「現場に足を運ぶこと」を趣味としていたわたしが、半年その楽しみを奪われてからの、久しぶりの観劇だった。
新型コロナウイルスの蔓延によって、多くの公演が中止を余儀なくされていた。その半年前に行けたライブというのが千葉雄大さんのイベントだったのだけれど、マスクをするかしないかとか無事に開催されてよかったとか、友人と神妙な顔で話したことを覚えている。事実そこから半年、ヒプステも含めて持っていたチケットは紙切れとなり、外出自粛のムードも高まって、舞台というのはだいぶ遠い場所になってしまった。あの日、自分にとって一番のタイミングで無事に千葉雄大さんを見られたことは幸運だった。エンタメを奪われた期間中、その思い出を必死に握りしめていた。
そんなわけで、2020年8月、ヒプステtrack2の記憶は、とにもかくにもまず自分の大号泣だ。テーマ曲が流れて、一番手として乱数ちゃんが飛び出た瞬間の溢れ出す気持ちをいまだに忘れない。人生からこの楽しみが奪われなくてよかった。また舞台を見ることができてよかった。喜びが全身に満ちて、溢れ出しそうなほどだった。
だからこその、結末でどん底に落とされたときの気持ち。びっくりした。track1も見た上でここにきて、あんなものを見せられると思っていなかった。こんなに救いのない結末って、あるんだ。
その後のわたしはアサクサ・ディビジョンを熱を入れて応援するようになるわけだが、あのtrack2のストーリーゆえ、という面も大いにあったように思う。ヒプステのオリジナルキャラクターたちが皆、ストーリーの中で、あるいは余白の部分で、成長や進展を見せ続けてくれているのに、アサクサの三人はずっとアサクサにいた。良くも悪くも変わらなかった。それは彼らのせいではなく、奪われた友情、そして未来がそうさせたのだ、と思った。そして、なぜアサクサだけが奪われねばならなかったのだろう、と歯噛みした。
2023年の全員卒業事変を経て、オリジナルキャラクターたちはヒプステに残り続けることが決まった。最初に再会できたのは、道頓堀ダイバーズの三人だった。初日の大阪公演、旅行を兼ねて観劇しに行った。最高に楽しかった。それからも次々にオリジナルキャラクターたちの出演が決まった。いつかはアサクサも、と希望ではなく「予定」として楽しみにしながら、ついにやってきた2026年3月27日。《Fling Posse & 麻天狼 feat. 鬼瓦ボンバーズ & D4》公演の初日だ。
アサクサにまた会える。それだけで最高に嬉しかったのに、舞台上で繰り広げられたのは、それ以上の光景だった。夢にまで見た、track2の続き。友情の、そして未来の奪還。
アサクサのことを「変わらない人たち」だと憤りを感じていた。変わらないから、道が閉ざされる。変わらないから、未来が奪われてしまった、と。でも、それはわたしの未熟さゆえの浅慮にすぎなかった。変わらない、ということが生み出す力もあるのだ。変わらないことで、誰かの未来を動かすことができる。そしてその誰かの力で、自分たちの未来すら変えていくことが可能になるのだ。
再会が嬉しかったのはアサクサ・ディビジョンの三人だけではない。脱獄囚集団、D4とまた会えたことももちろんそうだ。
思えば、アサクサにはまた会いたい気持ちはあったけれど、会えないことへの寂しさや、いつ会えるかわからないという不安は感じたことがなかった。なぜなら、彼らには「街」があるから。浅草の地そのものが彼らの生きる風景である。彼らを宿したような住人を見かけることもある。ただのキャラクターかもしれないけれど、浅草に行けばいつでも三人の面影を感じることができた。ヒプステが何もない期間に、友人たちと浅草を訪れたことも一度や二度ではない。
その点、D4は違う。特定の街を代表する集団ではない。故郷も出自も不明。彼らが登場したtrack5のラストシーン、その後の四人で必ず一緒にいるという確証は何も得られない。そんな彼らにも《Fling Posse & 麻天狼 feat. 鬼瓦ボンバーズ & D4》公演で再会できた。想像以上の、密度と、質量で。
思えば『全員卒業』後の新キャストお披露目公演-New Encounter-からももう二年が経つんだな。あっという間だ。ヒプステってすごくって、ただただ公演として新しくて面白くて最高なものもたくさんあるし、それだけでなく、観続けてきたからこそ感謝を噛みしめるしかない心震えるものにもたくさん出会えた。ずっと好きでいて、ずっと報われ続けている。こんなにありがたいことはそうないだろう。そんな気がする。
2026年もまだまだヒプステは続いていく。ありあまる熱量と、スピードで。次のヒプステも必ず面白い、と、期待ではなく確信をもって楽しみにしている。ヒプステが走る限り、わたしも、どこまでも走り続けるのだろう。

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